第三章 黒紫色のキノコ雲

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長崎だけでなく、戦争で亡くなった全ての人に謹んで捧げます。
    ― 黙祷 ―




(第一章 Old Black Joe)
(第二章 お洒落とお菓子と戦争と)

(第四章 精霊流し)
(第五章 玉音放送と精霊船)
(第六章 闇市はパラダイス)



【 第三章 】

1945年8月9日、木曜日。

少し曇りがちなこの日、
ふみ香は早めに洗濯物を取り入れ、
昼食の用意に取り掛かろうとしていた。


家から50mくらい離れたところに井戸があった。

周辺にはご近所さんの井戸がたくさんあり、
ご飯時になるとおばさん連中がここに水を汲みに集まり
「今日のおかずは何にすっと?」などと声を掛け合い、
和気あいあいとした光景が見られるのだった。

そしてそこには、ふみ香の姿もあった。
たくましいおばさん連中の腕とは比べ物にならないくらい
白くか細いその腕は、見かけに反してものすごい怪力を出し
時におばさんたちをびっくりさせた。


「ふン香ちゃんとこは、何にすっとね?」

「魚の炊いたんがあるけん、味噌汁ばすっとよ、おばさん」


朗らかに返したふみ香の耳に、突き通すような、妙な音が貫いた。



なんだろう?


そう思ってふみ香は水汲みの手を止めて、顔を上げた。
すると空に、赤紫色の閃光がシュシュシュッという感じで走った。


と同時に、ズーーーーーン!という、
聞いたこともないような不気味な音が響き渡った。
まるで地球の息の根を芯から止めてしまうような、不気味な音だった。


「おばさん!今の何ね!?」


言い終わるか終わらないかのうちに、周囲に夜の帳が降りた。

帳が降りる寸前、ふみ香の目には
確かに黒紫色の大きなキノコ雲が映った。

しかし映ったと同時に、それは闇に飲み込まれていった。


―1945年 午前11時02分、長崎市に原爆が投下される―



「はよう、帰るんよ!!」


悲鳴にも似たおばさんの叫び声に、弾かれたようにふみ香は走り出した。

真っ暗な道を転げるような勢いで、ふみ香は走った。

走るふみ香の脳裏には、
一瞬にして暗闇に飲み込まれていった巨大なキノコ雲の残像がまざまざと蘇り
口と頬がガタガタ震えた。



「おとっつぁん!これ、何ね!?」

「ふみ香!」


ふみ香の顔を見るなり、父親の虎一はふみ香を抱きしめた。


「おとっつぁん、こりゃいったい、なんね!?」

「・・さあな。わしにもわからんばい。
 けんど、日本にえらいこつばおこったとは、間違いなか・・」


その時、玄関の戸が開いた。


「虎一っつぁん!」


その声は、裏のおじさんだった。


「ふみ香!家に入っとれ!一歩も出るなよ!」

そう言って虎一は玄関先に出て行った。
ふみ香は家の中でおじさんと虎一の話を聞いていた。


「虎一っつぁんよ、えらいこっちゃで。
市内にえろう大きい爆弾が落とされたとよ。
もう市内はひっちゃかめっちゃかばい。
今から応援に行くで、はよう用意せぇ!」


虎一は村の消防団の団長で、
おじさんも消防団員だった。
そういうわけで、虎一は市内の救援に駆り出されることになったのだ。


「よっしゃ、わかった。用意ばするけん、待っとれ」


いったん家の中に引っ込んだ虎一は、消防服を着込み、出てきた。
そしてふみ香にこう言った。

「ええか、ふみ香よ。わしが帰ってくるまで、じっとここでおれ。
 どこにも出るな。ええな。」

「・・うん」


ふみ香は弱々しく、そう返事をした。



もう数ヶ月前になるだろうか。
空襲警報が鳴る頻度が多くなり、普通に歩いている民間人が
機銃掃射の犠牲となることが度々あった。

ある日、ふみ香は近所のおばさんとお喋りをしながら家路を目指していたところ、
何の前触れもなく敵機に狙撃されたのだ。
空襲警報も鳴っていなかった。


バラバラバラバラ!!

耳をつんざくような、すさまじい音だった。
ふみ香は学校で習った通りに目と耳を両手で塞いで、
反射的に地面に体を投げ出した。



音が止んだので、ふみ香は恐る恐る顔を上げた。
すると真っ先に目に入ったものは、
同じく地面に体を投げ出したおばさんの血まみれの顔だった。


「おばさん!おばさん!どげんしたと!?おばさん!!目ぇ開けんね!!」


おばさんは返事をしなかった。
おばさんは、二度と目を開けなかった。

さっきまで笑いながら話をしていたのだ。
夕飯の支度をするために、家に帰る途中だったんだ。


おばさん、家族が待っとるよ。
夕飯はどうすっと?
なんで動かんね。
なんで返事せんね!


「うわーーーーーーーーーーーっ!!!」


騒ぎを聞きつけて飛んできた虎一の姿を見つけたふみ香は、我に返った。
我に返ったけれど、我を失って泣き喚いた。

「いやや!うちゃ、もういやや!なんでこんなんで死なんなあかんと!?
 おっかさんみたいに病気で死ぬんは仕方なか。
 けんど、こんな死に方だけはしとうないわ!
 うちゃ、もういやや!
 こんな日本は、もういややーーーーーーーーーーーーー!!!!」


男以上に気の強いふみ香が取り乱すのを見て、
虎一は絞り出すような声でこう言った。

「・・よっしゃ、ふみ香。わかった。
 おまえの気持ちは、ようにわかったけん。
 おまえだけは絶対に死なさんよ。
 何があっても死なさん。安心せぇ。」


ふみ香は虎一の言葉に落ち着きを取り戻した。

男気はあるものの、
行き当たりばったりの典型的なO型男の虎一の言葉に、
ふみ香はこの時初めて、信頼できるものを感じたのだった。

虎一はふみ香を背負い、血まみれのおばさんを抱きかかえ
家路に向かった。

のろのろと遅い足取りだったのは
おばさんを待つ家族の思いが
ずしりと重くのしかかったせいなのか

受け止めたふみ香の思いが
ことのほか重くのしかかったせいなのか

それは虎一にもわからなかった。



それからというもの、
虎一は空襲警報が鳴り出すやいなや
防空頭巾を何枚もかぶせたふみ香を背負い、
一番に防空壕に逃げ込んで、
一番安全な場所にふみ香を隠した。

ふみ香はなんで学校に行くのをやめた?
ふみ香はなんのために子供たちを集めて学校ごっこをしている?

ふみ香の心に宿る平和への強い思いと
命を大切にしたいというまっとうな思いが
この不穏な時代において、こんな貧乏な家に生まれておいて
ちゃんと立派に育っていることを
虎一は初めて知ったのだった。

ふみ香は末っ子なれど、
虎一にとっては一番頼れる存在だった。
どんな苦労をさせても、
ふみ香の目はいつも楽しさをたたえていて
気が強く弁が立ち、
どこへ連れて行っても頼れる相棒だったのだ。

長男の虎江は
兄弟の中で一番強く西洋人の面影を受け継ぎ、
たいへんな美男子だったが、
気はからっきし弱かった。

父親が自分を当てにしてないことを悟った虎江は
居心地の悪い家にいるより、軍隊を選んだ。
18歳になるとすぐ、
さっさと陸軍に志願し、出て行ってしまった。

虎一の心はますますふみ香にのめり込んでいった。
ふみ香はもはや末子ではなく、長男だった。

そんな大切な存在であるふみ香の思いを
初めて知った虎一なので、
こんな時にふみ香を置いていくのは、さぞかし忍びなかったことだろう。

しかし、お国の一大事とあっては致し方あるまい。

こうなっては少しでも早く市内の火を消して、
ふみ香のそばに戻ることを考えるしかなかない。

虎一は出て行った。

その頃には、辺りは真っ黒から紫色になっていた。

ふみ香は仏壇の前に座り、ひたすら手を合わせた。
何を祈るわけでもなく、母親の遺影に向かって、
ただ ただ 手を合わせた。


《 続く 》
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Comments

ノンフィクション
あの世代の方々は口が重く(無理も有りませんが・・・)
体験談を聞かせて頂く機会が少ないのを予々残念に思っています。
悲惨な辛い戦争体験なので 
できるものなら無かったことにしてしまいたい
忘れてしまいたいという弱さも私たち双方に働くのでしょうか
哀しいことですが得体の知れない差別もあると聞きます
かなりの勇気と覚悟が無くてはできないことです。

お豆チャマの母上に感謝いたします。
それを伝えて下さるお豆チャマにも敬礼!

オリンピック観戦ですっかり昼夜逆転のnekonote
ただ今、なでしこサッカー決勝応援に待機中〜♪
でもでも 始まる頃には眠ってしまいそう・・・(泣)
Posted at 2012.08.10 (02:07) by nekonote (URL) | [編集]
Re: ノンフィクション
nekonoteちゃま、お久しぶりです!
お元気でしたか?^。^

> あの世代の方々は口が重く(無理も有りませんが・・・)
> 体験談を聞かせて頂く機会が少ないのを予々残念に思っています。

ほんと、そうですよね。
語り部さん達も、いろんな理由でどんどん減ってきています。
小中学校へ語りに行っても、生徒たちは馬鹿にして聞く耳を持たないっていう話も。
これからどうなるのでしょう。

> 悲惨な辛い戦争体験なので 
> できるものなら無かったことにしてしまいたい
> 忘れてしまいたいという弱さも私たち双方に働くのでしょうか

う~ん、確かに・・

> 哀しいことですが得体の知れない差別もあると聞きます

差別すると何か自分にご利益があるのでしょうかねーー;
ほんとに哀しいわ


> かなりの勇気と覚悟が無くてはできないことです。

ですよね。

あ それで思い出しました

子豆は子供の頃、毎年クリスマスが近付くと
サンタさんにお手紙を書いていたんです。
今年はこんなおもちゃが欲しいとか、こんなトミカが欲しいとかなんですが、
それが幼稚園くらいになると、急に抽象的なものに変わってきたんです。

「勇気が欲しい」「強い心が欲しい」「~くんと喧嘩せず遊びたい」等など・・

困りましたよ~^^;
金銭面では助かりましたけどね(笑)

勇気と覚悟のようなメンタル部分のパワーって
お金では買えない、とても手に入れにくいものなんでしょうね。

> お豆チャマの母上に感謝いたします。
> それを伝えて下さるお豆チャマにも敬礼!

慌てて書いたんで、ホントお粗末で申し訳ないです^^;

> オリンピック観戦ですっかり昼夜逆転のnekonote
> ただ今、なでしこサッカー決勝応援に待機中〜♪
> でもでも 始まる頃には眠ってしまいそう・・・(泣)

これも夏の夜の楽しみです^^
体に響かない程度に、お楽しみ下さいませ♪
Posted at 2012.08.10 (13:16) by ピンクのおまめ (URL) | [編集]
いろいろ
おまめさん

こんにちは、空色うさぎです。

私の両親も80才を超えたところでですが、やはり戦争について積極的に語ろうとはしません。

その裏にある気持ちを真剣に考えたことはなかったのですが、今度帰ったときに聞いてみようと思います。
ただ、戦死した母の兄はかなり優秀で彼女の自慢だったらしく、「兄が生きていればね~」と親戚の話題が出るときに時々口にしていました。

私は幼い頃に読んだ「はだしのゲン」でガツンとやられました。とにかく画がショッキングで、詳しい内容は覚えていないのですが、「戦争がとんでもないこと」というのはトラウマになるくらい印象づけられました。

また、同じくずーっと昔、「りぼん」だったと思うのですが、巴里夫さんという漫画家さんの「赤いランドセル」(もし間違っていたらごめんなさい)という戦争疎開中の女の子の漫画も忘れられません。

これもストーリーは全部覚えていないのですが、学童疎開にいく女の子に、「お腹がすいてどうしようもないときに食べなさい」と、お母さんが手作りのお手玉の中にこっそり小豆を煮たものを詰めて持たせるエピソードが印象的でした。

疎開生活は苦しく、女の子は隠れて小豆を食べるのですが、お手玉の数が減っているのに気付いた同級生がそのからくりを知って、皆にばらしてしまうんです。

その後の話は良く覚えていないのですが、今でもこのエピソードに胸がつまるということは、おそらくハッピーエンドではなかったのでしょう…。

日本の話ではありませんが、戦争関係の映画だと、「ディア・ハンター」(ベトナム戦争)、や「ソフィーの選択」(ナチス系)も印象に残っています。
Posted at 2012.08.10 (17:11) by 空色うさぎ (URL) | [編集]
Re: いろいろ
空色うさぎさん、こんにちは^^

> 私の両親も80才を超えたところでですが、やはり戦争について積極的に語ろうとはしません。

うんうん、それが普通ですよね。あんな悲惨な体験は思い出したくないのが当然ですもの。

> その裏にある気持ちを真剣に考えたことはなかったのですが、今度帰ったときに聞いてみようと思います。

私も考えたことはなかったんです。

ただただ、母の子供時代の話を聞くのが、子供心にとてもスリリングで面白くって、
毎日のように話をせがんでいたので、
戦争の話もそのついでで話してくれてるとばかり思っていたんです。

それが先日の8月6日。
広島のことが報道されてるのに触発されたのか、
自分からいろいろと話し始めて、話の最後に母はこう言ったんです。

「あんた頼むから、若い世代に伝えてや。
人間はアホやから、忘れてしもたらまた同じことをする。
忘れんためには、あんたら世代にかかってるんやで!」

って。
そんな意図があったとは、情けないことに初めて知りました。

> ただ、戦死した母の兄はかなり優秀で彼女の自慢だったらしく、「兄が生きていればね~」と親戚の話題が出るときに時々口にしていました。
>

お母様のお兄様ってことは、当時まだ19,20だったのでは?
輝かしい未来を背負ったまま、逝ってしまったのですね。
なんだか泣けてきちゃいます・・

> 私は幼い頃に読んだ「はだしのゲン」でガツンとやられました。とにかく画がショッキングで、詳しい内容は覚えていないのですが、「戦争がとんでもないこと」というのはトラウマになるくらい印象づけられました。
>

あれはショッキングでしたよね!

大阪の小学校は、修学旅行に平和教育と称して広島を選ぶことが多いのですが、
最近は原爆ドームに入るかどうかは、個人の意思に任せるらしいです。
先生まで拒否する人がいるとか。(怖いという理由で)
呆れてしまいます。だったらなんで広島に行くの?と言いたい。

> また、同じくずーっと昔、「りぼん」だったと思うのですが、巴里夫さんという漫画家さんの「赤いランドセル」(もし間違っていたらごめんなさい)という戦争疎開中の女の子の漫画も忘れられません。

そんなのあったんですか。
疎開中の女の子が主役だなんて、興味津々

> これもストーリーは全部覚えていないのですが、学童疎開にいく女の子に、「お腹がすいてどうしようもないときに食べなさい」と、お母さんが手作りのお手玉の中にこっそり小豆を煮たものを詰めて持たせるエピソードが印象的でした。

母心ですね~(じーん・・)

> 疎開生活は苦しく、女の子は隠れて小豆を食べるのですが、お手玉の数が減っているのに気付いた同級生がそのからくりを知って、皆にばらしてしまうんです。

食べ物で殺し合う時代ですからね

> その後の話は良く覚えていないのですが、今でもこのエピソードに胸がつまるということは、おそらくハッピーエンドではなかったのでしょう…。

う~・・辛い・・

> 日本の話ではありませんが、戦争関係の映画だと、「ディア・ハンター」(ベトナム戦争)、や「ソフィーの選択」(ナチス系)も印象に残っています。

あの頃はもう、世界中が狂っている時代でしたね。
再びああならないよう、私たち母族がしっかりしなければと思います。
Posted at 2012.08.11 (18:14) by ピンクのおまめ (URL) | [編集]
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