第四章 精霊流し

(第一章 Old Black Joe)
(第二章 お洒落とお菓子と戦争と)
(第三章 黒紫色のキノコ雲)

(第五章 玉音放送と精霊船)
(第六章 闇市はパラダイス)




【 第四章 】

明けて10日、
虎一が応援に駆り出されている間に、
ご近所からいろんな情報が入ってきた。

市内に落とされた爆弾は新型で、
かつてないほど強力なものであったこと、
市内は焼け焦げ、人も草も木もみんな燃えてしまった、
等であった。

ふみ香は市内に働きに出て行った同級生たちの身を案じた。

「松子ちゃん、とみかちゃん、つや子ちゃん・・」

同級生たちは、長崎市内にある三菱造船所をはじめ、
兵器やそれに付随する部品を作る工場へ働きに出たのだった。

日本赤十字社に看護婦として働きに出た者もいた。

何にでも興味を持つふみ香なので、
自分も都会で働いてみたい、戦地で看護婦の真似事もしてみたい、
などと思わないはずはなかった。

しかし、ふみ香には島原でしなければならないことがたくさんあったのだ。

山に入って燃料となる松の枯葉を拾う「ごかき」は大切な仕事だった。
身体が細いのでおばさん連中のようにいっぺんにたくさん背負えないけれど、
健脚なふみ香は、山を何往復もすることにより
おばさん以上の働きをすることができた。

松の葉は、家で使う分を除き、町に売りに行った。
山まで遠くてなかなか行けないおばさんたちは、
みんな喜んで買ってくれた。

砂浜ではジャク釣りをした。
ジャクは巻貝の一種で、魚の餌になったため
漁師達が買ってくれた。
筆の先っぽでツンツン突っつき、
ジャクを怒らせ筆に食らいつかせて捕まえるジャク釣りは、
ふみ香の右に出るものがいないくらいの腕前だった。

他にも仕事はいろいろあった。
アオサ採り、シジミ採りは、手は凍えるが
そこを我慢すれば誰にでもできる簡単な仕事だった。

しかし、面白いことが大好きなふみ香としては
あんまり人がやらない、ひと工夫の必要な仕事がしたくてたまらなかった。

そこでふみ香は、虎一の網に引っかかった、売り物にはならないくらいの小魚を
すり身にして天ぷらかまぼこを作った。
言葉は悪いが廃物利用、元手はゼロ円だ。
これを町に持って行くと、いい値段で買って貰えた。

「やったばい!」

ふみ香にとっては半分遊びのようなことが、ちゃっかりお金を産んでくれた。
ふみ香は持ち前の性質で、市内へ行く必要もないくらい稼ぐことができたのだ。


同級生たちに誘われて多少は気持ちが揺らいだが、

「うちがジャク釣って来んかったら、漁師のおじさんたちゃ、魚ば釣れん。」
「うちがごかきせんかったら、町んおばさんたちゃ、ご飯が炊けん。」

そう思って、ふみ香は思いとどまったのだ。

今となっては、それが生と死を分ける紙一重の選択だった気がして、
ふみ香は身震いをした。


「みんな 無事に帰ってこんね・・」


ふみ香は祈るしかなかった。



その夜遅く、虎一が帰ってきた。
消防服は黒焦げのボロボロだった。

足元はヨロヨロと危うく、
真っ黒の顔は、精も魂も尽き果てていた。


「ふみ香、無事やったかいね。よかったよかった。
 すまんけどここに消防服を置いとくけん、わしをこのままここで寝かしてくれや・・」

そう言って虎一は、ふみ香の部屋にボロボロの消防服を脱ぎ捨て、
崩れ落ちた。
崩れ落ちたと同時に、ガーガーといびきをかき始めた。

消防服と同じく、虎一もまたボロボロになっていたのだ。


虎一が無事に帰ってくることに何の疑いも持たなかったふみ香は、
とにもかくにも、同級生たちの安否が知りたくてしかたなかった。

しかし帰ってくるなり高いびきで寝入ってしまった虎一を、
どうすることもできなかった。

ふみ香はボロボロになって出世して帰ってきた消防服を、大事に衣紋掛けに掛けた。
それは虎一の活躍を物語っていた。


8月11日、土曜日

同級生たちの安否は、虎一にも分からなかった。
が、何より虎一はふみ香に多くを語ろうとはしなかった。
その目で見てきた地獄絵図を、海の男とは言え
言葉にすることに苦痛を感じたのだ。


ふみ香は同級生たちを待つしかなかった。
しかしそれには時間はかからなかった。




「松子ちゃん、帰ってきとらすとね!?おばさん!」


最初に帰ってきたのは松子だった。

松子はやんちゃくちゃのふみ香とは正反対の、
とても大人しい、優しい女の子だった。

北京にいる松子のおばさんからお菓子が送られてきたら
一番にふみ香に見せ、分けてくれた。

なぜ松子がふみ香のようなお転婆娘を慕ったかわからないが、
ふみ香の気が向いて遊びに来てくれるのを、
いつも心待ちにしていたのだった。


「美しかねー!なんで北京にはこげな美しか飴があっとね?」

色とりどりの美しい飴が入ったキャンディボックス缶を眺めながら
二人で感嘆の声を上げたことが、
つい昨日のことのように思い出された。



「ふン香ちゃん、よう来てくれたね。」

おばさんは寂しそうにそう言った。


家に上がると、松子はすぐそこに寝かされていた。

それは、全身を包帯で巻かれた哀れな姿だった。
包帯はかろうじて目と鼻と口だけが開いていた。


ふみ香は言葉を詰まらせた。

そばに来たふみ香を松子は目で追い、確認した。


「ふン香ちゃん・・来てくれたとね。
 うちゃ、ふン香ちゃんに会いたかったとよ。
 一番会いたかったとよ。
 よう来てくれたね・・」


弱々しいけれど変わらない松子の声に、ふみ香は安堵した。


「松子ちゃん、怪我したとね。えらい目におうたね。
 なぁに、すぐにようなっとよ!
 うちゃ、毎日見舞いに来てやる。
 明日も、あさっても、毎日よ。
 おとっつあんにええ魚ばもろうてくるけん、待っとかんね!
 魚ば食うたら、怪我なんかすぐにようなるばい!」


楽天的なふみ香は、
松子が生きて帰ってきてくれたことをとにかく喜んだ。

偉い!松子ちゃんは偉い!ちゃんと生きて帰って来てくれた!
それでこそうちの友達ばい!



しかし、松子が魚を食べることはなかった。


泣き崩れるおばさんと、膨れ上がった松子の顔と
それから非力な自分のアホづらが交差する光景・・

その光景は、まるでもう一人の自分が
少し離れたところから見ていたかのように
ふみ香の脳裏に永遠に焼き付けられた。



手に持った大きな魚をズルズルと引きずり、
ふみ香は一人、来た道をトボトボと帰った。

涙は出なかった。
代わりに喉の奥に塊ができた。
心が鉛のように重かった。


まるで夢を見ているようだ。

そうだ。
あの黒紫色のキノコ雲を見てから
ずっと夢を見ているのかもしれない。
ずしりと重い、醒めない夢を―



松子を皮切りに、
長崎市に働きに出ていた同級生が次々と帰ってきた。

半分は亡骸となって帰ってきた。
半分は負傷したものの、生きて帰ってきた。

しかし、すぐにみんな血を吐いて死んだ。


ふみ香はただ呆然と、同級生たちを見送った。



そして今年もまた、
精霊流しが近づいていた。


《 続く 》
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ファッションって、けっして洋服という狭い意味の言葉ではなく、考えやこだわりによって生まれる「生き方」までを広く表す、とっても素敵な言葉だと思うの。せっかく女に生まれたんだもの。できるだけファッショナブルに生きたいよね。

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