第六章 闇市はパラダイス

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(第一章 Old Black Joe)
(第二章 お洒落とお菓子と戦争と)
(第三章 黒紫色のキノコ雲)
(第四章 精霊流し)
(第五章 玉音放送と精霊船)




【 第六章 】


このあたりでは盆を過ぎると、
夕方から塩気を含んだ涼しい風が吹き始める。

昼間の服装では、少し肌寒いと感じるほどで、
頭上をスイスイ飛び交うトンボの姿も手伝って
誰もが秋の気配を感じるのだった。

精霊流しが終わった後なので、
ぽっかり空いた心の隙間を通り抜ける風の冷たさが
よけいに強く感じられるのかもしれない。



今年の運動会は、きっと盛り上がるに違いない。
なんたって戦争が終わったのだから!

ふみ香は思った。


夏は、次の走者の秋とバトンタッチをして去っていく際、
戦争も一緒に連れて行ってくれた。
そして平和とともに走り出した秋に
誰もが期待で胸を膨らませた。



ところが、人々の暮らしはいっこうに良くならなかった。

白米の配給量も相変わらず少なく、
甘いお菓子の配給は完全に途絶えたままだ。

みんなが楽しみにしていた運動会も、
期待を裏切り盛り上がりはしなかった。

竹やりを使っての演舞と
楽隊による軍歌の演奏がなくなっただけで、
他は戦時中と同じだった。

とりわけ弁当箱の中身は全くの同じだった。
蓋を開けると、ひえや麦、粟、そしてコウリャン米の混ざったものと目が合った。



ふみ香の我慢は極限まで来ていた。


戦争は自分たちから奪うだけ奪っておいて、
未だに何一つ返してこない。
白米の戻ってくる気配も、お饅頭が戻ってくる気配も、
虎江の戻ってくる気配も全くない。


それどころか北京に渡った姉たち日本人は、
今大変な苦労をしているという情報が入ってきた。

日本が敗戦するやいなや、
北京をはじめ、あちこちで日本人虐待が始まったのだ。

女達は髪を斬切りにし、顔に炭を塗り付けて男になりすまし、
引き上げ船に乗れる日を、息をひそめて待っていた。



これから日本はどうなるのだろう。

不安ばかりが募り、
誰もが終戦の喜びを噛み締めるというより、日本の将来を憂えた。


しかしながら、まだ17歳のふみ香には
日本の将来なんかより、
米と砂糖の配給の方が何倍も気掛かりだった。


虎一を手伝って家の裏でトロ箱を洗っていたふみ香は、ふと手を留めた。
そして魚臭いトロ箱をしげしげと眺めた。


こげなとこにおるけん、うちは旨いもんば一つも食えんのかもしれん・・。


確かに魚は豊富にあった。
しかし、魚だけでどうしろというのだ。
茶碗には米ではなく、
イモを加えて粘り気を出すしか食べようのないサラサラの雑穀が入っている。
そんなものでおかずを食べても、美味しいわけがない。


百姓さんのとこは、まだよか。
米もイモもあっとたい。
それを売りゃ、おかずが買えっとよ。
みんな米に飢えとるけん、なんぼでも銭ば払うったい。


うちゃ、なんで漁師んとこなんか生まれてきたと。
ほんにハズレくじ引いたったい。


もう日本がどげんなってもよか。
姉さんなんか帰って来んでもよか。

うちゃ、腹いっぱい米とお菓子が食べたかよ!


これが嘘偽りない、17歳のふみ香の本音だった。




「ふみ香、ここにおったとね!」


声のする方を振り向くと、従姉の今江が立っていた。

今江は死んだ母親の兄さんの子で、ふみ香より6歳上だった。
今江には兄弟はおらず、
そのためこのふみ香とは、姉妹のように仲が良かった。

今江はふみ香の顔を見るなり、こう言った。



「ふみ香、闇市って知っとっとね?」

「ヤミイチ?なんね、そりゃ。」

「市場たい。何でもあっとよ。」

「市場?物が売っとっと?それ、ほんとね!?どこにあっと!?」

「熊本たい。そこにうちらも行って、銭稼がんね?」

「買うんじゃなかね?うちらが売っとね?」

「そうよ。こんな時やけん、何でも売れるばい。
 イモをふかしてもよか、魚でもよかよ。
 儲かった銭でまんじゅうば食えったい!」


なんと!


ふみ香の心は久しぶりに踊った。
お店屋さんごっこができて、しかも本当にお金が貰えるなんて!

そして・・そしてそのお金で、夢にまで見た饅頭が食べれるのだ!



「そりゃおもしろかね!はよう用意ばすっとよ!」


さぁ、お店屋さんごっこの準備だ。

しかし、何を売る?
何でも売れるとはいえ、とにかく家には物がない。

そこで二人はそうめんをゆでて持って行くことにした。
ここは島原。
そうめんならいくらでもある。



二人はそうめんをこっそり家からあるだけ全部持ってきて、
豪快に大鍋に放り込み、ゆでた。

それを今しがたふみ香が洗っていたトロ箱に、スノコを引いて乗せた。
一人一箱運べるから、二箱分だ。



「今江さん、汁はどうすっと?」

「そうやねぇ」


今江は途方に暮れた。
島原ではそうめんのつゆは魚の煮汁だった。
しかし、それをどうやって運ぶ?
そうめんをぎっしり入れたトロ箱は、けっこう重い。
腕はそれぞれ二本しかない。


「一升瓶に入れたらどうね?」

「ふみ香、そりゃ重かよ。」

「任しとき!一升瓶はうちが持つけん、今江さんはトロ箱二つ抱えんね!」



今江は絶句した。

今江はふみ香よりずっと体は大きかったが、
漁師の子として鍛えられてきたふみ香とは
力の差が歴然だったのだ。


「うちには無理たい」


しかし、電光石火のようなふみ香は
もう一升瓶を調達しにどこかへ消えてしまっていた。
したがって今江の声など聞こえるはずはない。



「ふぅ・・、仕方なか」




諦めの境地で今江が鍋を洗っていると、ふみ香が走って戻ってきた。


「今江さん!裏のおばさんら、魚の汁までくれたったい!」


ふみ香は棒のように細い両腕で
一升瓶を4本抱えていた。
一升瓶には魚の煮汁がたっぷりと入っていた。


「あんた、ちゃっかりしとるねー。いつも感心すっとよ。」


今江は嬉しそうなふみ香の笑顔を見て、そう言った。

そして、トロ箱二つ抱えて熊本に渡る覚悟をした。




熊本へは、船ですぐだった。

家から船着き場までは
やはり腕がしびれ辛かったが、
船の中では下に置いておけるので、なんとかなった。



「ふみ香、あんたは大丈夫かいね?」


今江はふみ香のか細い姿に騙されて、
思わず気遣いの言葉をかけた。


「なんともなかよ。うちゃ、欲と二人連れったい!」


ふみ香は高らかに笑った。

たくましい上に欲と二人連れとは、重いも辛いも何もなかろう。




30分ほど船で揺られると、そこはもう熊本だった。

二人は船から降りた。
人がわんさかいる。



「すごか人たいねー!こんただ人、ここでなんばしよっとね?」

「物が無かけん、みんな汽車の着くとこ、船の着くとこに集まっとよ。
 持っとる人は、きまって乗り物に乗って売りに来るけんね。」



なるほど。

今江の言うことに、ふみ香は納得した。



戦争が終わり、人々が生活を再建するのには圧倒的に物資が足りない。

しかし無いとはいえ、あるところにはあるのが世の常なり。

総勢一億の日本国民が勝つために一丸となる必要がなくなった今、
人々は貪欲に「生きる」という意識を持ち始めたのだ。




今江が言う「闇市」は、港からすぐのところにあった。
空襲で焼けた空き地に、
バラック建ての店が所狭しと並んでいた。

闇市という名前から、
もっとひっそりと売り買いしているものと想像していたふみ香は、
人々の活気ある様子にとにかく驚いた。


「いいね、ふみ香。
 警官ば来なすったら、すぐに走って逃げっとよ。」


今江の言葉に、ふみ香は現実に引き戻された。


「え?警官が来っとね?なんでね?」

「そりゃそうたい。違法なこつばしとるんやけん。」


違法・・・?

うちらは悪いこつばしよっと?


しかし腑に落ちない。

国家権力を振りかざして
個人の家から金属という金属を全部持って行ったことは正当な行為で、
こうして人々が生活を再建させようとしていることは
違法な行為なのか?

なんという理不尽!


しかしながら、大東亜戦争が勃発してからというもの、
次々と理不尽なことが起こった。

死ななくてもいい人が死に、
死なない男は非国民と呼ばれ、
しまいにゃ神様が人間になった。

いまさらお国が妙な常識を押し付けてきたからといって
腹を立てても意味が無いのだ。

これから先、もっともっと理不尽なことが起こるだろう。
常識など早々と捨ててしまった者の勝ちだ。



まんじゅうが待っとっと!
警察の目ば盗んでようけ儲けるばい!




ふみ香たちは、まず店を見て歩いた。


米、野菜、お菓子、漬物、惣菜と、食べ物ならなんでも揃っていた。

日用品もあった。
鍋やヤカン、お国に没収された鉄製の五徳や菜箸などが、所狭しと並んでいた。


洋服もあった。着物もあった。
北京からの引揚者が持って帰ったのか、
赤や黄色地の絹に見事な刺繍を施した支那服もあった。


ふみ香の心は弾んだ。


「今江さん、夢見とるごたね!」

「ほんにねぇ」


ひとしきり浮世を忘れた後は、現実に戻らねばなるまい。
饅頭のために、いざ、商売を始めん!



二人は店開きをした。
地面に一升瓶を並べ、トロ箱を抱えて客を呼び込んだ。


「美味かそうめん、いらんかね!」


少しばかり恥ずかしそうに、二人は声を合わせて叫んだ。


「美味かそうめん、いらんかね!」



可愛らしい売り子さんに、すぐにお客さんが足をとめた。


「おねえちゃんら、どっから来なすったとね。」

「島原よ。」

「ほうね、島原ね。そりゃ、そうめんは旨かばい。」

「汁も持ってきたけん、水筒に入れたらよかよ。」

「おねえちゃん、気が利いとるばい。
 よっしゃ、うちの家は5人おるけん、たんともろうて行こうたい。」



なんと一人目のお客だけで、ふみ香のトロ箱半分が消えた。



「今江さん、売れたばい!こんただようけ銭もくれたとよ!」


ふみ香は喜びのあまり小躍りした。


「ふふ。こりゃあ思うとったより早よう売り切れったい。」



今江の言葉は当たった。
続けざまに5人客が来て、
もってきたそうめんも汁も、全部売り切れた。


「今江さん!全部売れたばい!
 朝ゆがいたそうめんが、昼にゃ銭に変わったとよ!」


二人は手を取り合って喜んだ。
玉音放送を聞いた時も、ここまで喜びはしなかった。




そこへ一人の偉そうなおじさんが近付いてきた。

ヒットラー総督のようにちょび髭を生やし、長いマントを着ている。
足元は半長靴(はんちょうか)を履いていて、さながら将校さんのようだ。

しかしその全体像は、サーカス小屋の団長だった。



「おじさん、もう全部売り切れ・・」

「ふみ香!」



今江はふみ香の言葉をさえぎった。



「ご苦労様でございます」



そう言って、今江はおじさんにお金を渡した。



「たんと儲けて帰らんね、ねえちゃんら。」


おじさんはニコニコと笑いながら言い、去って行った。




「今江さん、なんね?あん人」

「あん人はブローカーいうて、この闇市を取り仕切っとる人たい。」



闇市で商売をするには、
開催者にみかじめ料を払うのがしきたりだったのだ。



「ふうん。ほんでも今江さん、なんぼ払うたんね?
 うちらまんじゅうば食えっと?」


闇の闇たる部分には、ふみ香は全く関心がなかった。
商売を大成功のうちに終わらせた今のふみ香の関心事は、
ズバリ、饅頭のみだ。


「あはは、心配せんでよかよ。
 うちら女で、あんたは子供やけん、
 ちょっとしか払うとらんばい。
 むこうはうちらを、長崎から来た戦災孤児や思うとらすとよ。」



それを聞いてふみ香は安心した。
そして今江が闇市に
友達ではなく自分を誘ったわけがようやくわかった。


今江さんもちゃっかりしとるばい。



さぁ、今から楽しい買い物だ!

二人は大きなふかし饅頭を二つずつ買って食べた。

なんということだろう。
中には本物の砂糖で煮られた小豆餡が
たっぷりと入っていた。



「サッカリンじゃなか!砂糖で炊いたあんこったい!
 こんただ旨かもん食うたんは、久しぶりたい!」


ふみ香はまるで夢を見ているようだった。

都会に来れば、こんないい思いができる。
やっぱりだ。
あんな魚臭い漁師町にいる限り、
楽しいことなど一生待っても来るはずはない!


「あんた、もっと食わんね」

食べざかりのふみ香を気遣って、今江は言った。


「うんにゃ、うちゃもうこれでよか」



もっともっと食べたかったのが本音だった。

しかしふみ香は、
儲けたお金を全部使う気持ちにはなれなかったのだ。


家計の足しにするつもりではない。
もとより闇市に行くことは、父の虎一には内緒だった。




夢にまで見た饅頭を堪能した二人は、
満ち足りた顔をして島原行きの船に乗った。

もんぺのポケットには売上金が入っていた。
硬貨のチャリチャリいう音が、
今日のことが夢ではなく現実であることを物語っていた。

ふみ香はポケットに手を突っ込み、硬貨を握り締めた。


うちはこの銭で・・



「なぁ、ふみ香って!」


ふみ香はハッとして、今江の方を見た。


「こん子は、何ボーっとしとっとかいね。
 何べんも呼びよるんに。
 明日はいきなりだんごば作って売りに行かんね。
 きっとようけ売れっとよ!」

※いきなりだんご:小豆餡の代わりにサツマイモの輪切りを入れて蒸したまんじゅう


ほほ笑みながら大きく頷いたふみ香は、
この時、初めて戦争が終わった喜びを全身で感じたのだった。
夕方の心地良い潮の香りと共に―


≪ 続く ≫
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ファッションって、けっして洋服という狭い意味の言葉ではなく、考えやこだわりによって生まれる「生き方」までを広く表す、とっても素敵な言葉だと思うの。せっかく女に生まれたんだもの。できるだけファッショナブルに生きたいよね。

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