「ATARU」続

こちらピンクのおまめのひとりごとでは軽いノリのお話を
そしてピンクのおまめの秘密基地では少し濃いお話を
           (new 10/27 Sun.みのもんた、元凶はアンタや


                                   






前記事の最後に、≪続く≫と入れてしまったことで、
続きはまだかの声多数・・


いや、私としては、「京散歩」が続くという意味で書いたのですが、
そうは問屋が卸さないそうで(汗)


でもま、私としても、
こうしてみなさんに発達障害についてお話できるのは有り難い限り。
ここは理解を深める好機と思い、
書いてみようかな、なんて。



とゆーわけで、
みなみなさま、もうしばらくお付き合いくださいませ~♪



DoCLASSE(ドゥクラッセ)



映画「ATARU」を見て、
ズシーンと心に残ったシーンがありました。


それは健常者と障害者の隔たりを
強く感じるシーンでした。


それについて語る前に、
発達障害の子供の典型的行動パターンについて、まずはお話しようと思います。




彼らは、まぁ程度にもよるので一概には言えませんが、
その場に応じた反応が、往々にして苦手なんですよ。

ってか、ストレートに言ってしまうと、わけのわからんことをする。



たとえば、小学校の体育の時間を想像してみて下さい。


誰かが転んでちょこっと膝を擦りむき、血がにじんでいるとしましょう。


それを見た大多数には、「かわいそう」とか「痛そう」っていう、
その場の状況を自分に置き変えた時の感情が、まずは湧いてきます。
自分なら、ギャラリーにどういう態度を見せて欲しいかを
無意識下で考えるのです。

よって大した怪我ではないこともあり、
ひとまず心配した素振りを表面上は見せておき、
その場の社交辞令を完成させます。


「大丈夫? 痛い? 保健室行く?」


ところがなんですよ。

発達障害の子供ってのは、相手の心情に着目するのではなく、
「怪我」もしくは「イレギュラーなその場の状況」に着目するんですよね。


彼らはイレギュラーなことを、とにかく嫌います。
自分なりのルールを作るのが大好き。
ルーティン通りにことが運ぶのが大好き。

反対に、それを乱されることは大っ嫌い!



よってこの状況下では、
怪我をしている友達の、そのイレギュラーな様子がいたたまれないのです。



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さて、そのような心境に基づく彼らの行動ですが、
これは実に種々様々です。
その中でも目に付くものを、下に五つ上げてみました。
ご覧ください。




  その場から逃げだし、何事もなかったかの如く一人遊びを始める。
  
  その場に居ながら、何事もなかったかの如く無視する。
  
  一人でパニックを起こす。
  
  怪我をした子を責めに行く。(アクションをおこす)
  
  率先して保健室へ連れて行き、怪我の手当てを見守る。
  

 

どうですか?
大多数の子供とは、少し異なった反応ですよね。
それゆえ彼らは理解されないのです。


特に怪我をした子を責めに行った子の末路は悲惨です。
みんなからつるし上げられる羽目になります。


しかし、これは大きな勘違い。
責めに行くという行動は、別に怒っているわけではないのです。

感情をどう表せば相手の気に入るかわからないけれど、
とにかく何かしてあげなければ!という、
彼らなりの積極的なコミュニケーションなのです。



しかし最後の保健室くんはどうでしょうか。

なんでそういう行動を取ったかを言わない限り―
イレギュラーな状況から、一分一秒でも早く
レギュラーな状況に戻したかったという本音を言わない限り、
これは一般人の好みにバッチリ合う行動ですよね。


ゆえに、「こいつ、やるやん!」なんて俄かに株が上がったりします。


けれどそこは空気を読めない彼らのこと、
けっして期待は裏切りません。


「ちゃうわい!オレ、単に気持ち悪かっただけや!」


などと、言わんでもいい憎まれ口をたたいてしまい、
せっかく上がった株が一瞬にして暴落の一途をたどるという(哀)



ハイ。これが発達障害の行動の特徴なのです。
ご理解いただけましたでしょうか。
きっとどこかで見覚えのある方もいらっしゃることでしょう。



ドクターシーラボ



では、心にズシンと残ってしまったシーンについてお話します。


劇中に、松雪泰子扮する義足の女性管理官(星秋穂)が出てきます。



関係ない話ですが、私にはこの人の服装が超印象的だったんですよ。


黒やグレーのパンツスーツのインに、
パッキリ鮮やかな赤のシャツを入れ、
その上、車椅子にまで赤を配したトータルコーデなんです!


ホレ、この通り。
松雪泰子



ね?
ちょっとお洒落じゃございませんこと?

赤を効かせるコーデが大好きな私にとって、
このビジュアルはツボでした。



でも少々コントラストがキツ過ぎるような・・
赤と黒にはグレーかブルーをつなぎ色として入れたいなぁ。
私だったら、もっとこうしてああして・・なんて妄想しながら見ておりました。


もっとも、星秋穂さんの「人に同情されたくない」という心情を現さんがため、
敢えてどギツくしたのだと思いますが。


それにしても松雪さん、相変わらずお肌真っ白でツルツル!
我々おばちゃんとは意識が違うんでしょうな。



ファンケルオンライン



で、その星秋穂さんという方、 
職務中に片足を失い、
車椅子で捜査を仕切る女性管理官という役どころなんですが、
マドカが関わっていると思われる事件の捜査に
障害者のアタルが加わっているのが気に食わないなんですよ。


いくら特殊な能力を持ってるといっても、しょせん障害者は障害者。
こっちは足を失い、失意のどん底から這い上がっての記念すべき第一戦だというのに、
会議中にメシは食うわウロチョロするわの障害者が同じチームにいるなんて、
有り得ん!許せん!

みたいな感じ。


まぁお気持はとってもよくわかりますし、
実際にはありえん設定ですので、
天下の文句言いのわたくしですが、ここはサラッと流しました。


で、この星秋穂さん、
アタルがマドカとグルになっていることを立証しようと躍起になる。


でも、結局アタルに危機一髪のところを救われるんですよね。

そしてアタルがマドカとつるんでるという疑いも、完全に晴れる。


星秋穂さんは、自分の中に存在していた偏見、
そして身障者になったことにより自分の中に生まれた「鬼」に気付き、恥入り、
車椅子を下りてアタルに深々と頭を下げます。
「すみませんでした」と。

そして部下たちがそれにならって、一斉に頭を下げます。



もう壮観でしたよ。
ぼこぼこにされたシーンがまだ記憶に新しいので、
この絵ズラは感動ものでした。
全身鳥肌、胸がスカーっとしました。



そして次のシーンです。



アタルは星秋穂の義足部分のズボンを無造作に触り、
「ここ だいじょうぶ?」と言います。


そして驚いた顔の星秋穂を車椅子に押し込み、
そのまま元の席へと車椅子を押していきます。


そんなアタルを捜査チームの刑事達が感動の面持ちで見守ります。


障害者であっても、人を思いやる心を持っているんだ。
許す心を持っているんだ。


制作者により、そんなメッセージが込められていることが
アリアリと伺えました。



館内は感動ムードに包まれていました。
私の胸も、暖かさで満たされました。


しかし、暖かさの向こう側に、僅かな悲哀が存在していました。


アタルの本意が、健常者の理解力を考慮し、
健常者語で翻訳された気がしたからです。



サヴァンであるアタルのこのパフォーマンスは、
上の行動例によると、
間違いなく保健室君の行動なんですよね。



アタルは、星秋穂が車椅子から下りて
義足で立っている様子を「正しくない状況」と判断、
ぜひとも正したいと思った。

前述した通り、彼らはイレギュラーな状況が大っ嫌いだから。


でも叱られるのはもっとイヤなので、様子を見ながら正さなきゃならない。

だいじょうぶ?という言葉は、
その場に適した言葉を記憶から引っ張り出した。
早くこのイレギュラーな状況を正したいから。


そして星秋穂に怒る様子がなかったので、
アタルはそのまま意を通すことを決行。


車椅子に星秋穂を戻し、
彼女がいつも収まっている席へとアタルは車椅子を押していく。


嬉しい!もうすぐ間違いが直る!



「ありがとう」



星秋穂に礼を言われたアタルは、
最後まで叱られずに思いを通せた喜びに、にっこりと笑いました。

完了。


これで変な状態は直ったよ!




これが発達障害の子供の心理解説です。



したがって、その後刑事達がアタルの優しさに感動した表情を
カメラがぐるりと抜いていきますが、
それは上の例で言う所の、「おまえ、やるやん!」の状態です。


もちろんアタルは、「ちゃうわい!」なんて言うわけはなく、
その場はアタルの株が上がった状態で
満場感動の下に終了しましたが・・


「ちゃうわい!」と言ってしまった保健室君、
言わなかったアタルとは、何がどう異なるのでしょうか。

更に言うと、
「ちゃうわい!」の部分が元々ない大多数とは、
何がどう異なるのでしょうか。







人間の心には、表層心理とその奥に隠れている深層心理の二つが存在します。
そして我々が見ているのは、傍からも簡単にわかる表層心理の方です。
「ちゃうわい!」は、もちろんそれに当てはまります。



そうです。
当たり前のことですが、
我々は表層部分でしか人を判断できません。


では、深層部分には何があるのでしょうか。
深層部分―
すなわち保健室へ連れて行って手当てを受けさせるという一連の行動の大本です。
ここには一体何があるのでしょうか。



ここにあるもの、それは彼らにも、そして我々にも、
「イレギュラーを正したい」という欲求に他ならないのです。


大多数の「可哀想だな、痛そうだな」という気持ちの奥、
そして彼らの「気持ち悪い」という気持ちの奥、
この両者は突き詰めて考えると、同じ所に辿りつくのです。


イレギュラーを正したい




「いや違う!あいつらは自分のことしか考えてないじゃないか!」



クラスメートたちは、みんなこう言います。






「怪我の手当てをして痛みを止めてやりたい」

それは紛れもなく、自分自信の欲求です。
なんとかしてあげないと、自分の心が「落ち着かない」のです。

その気持ちを表す表現、もしくは言葉が相手の好みとピッタリ合うから、
多数の方は「相手の気持ちを思いやった」と見えてしまうだけなのです。


「ちゃうわい!気持ち悪かっただけや!」


スムーズに流れていた体育の授業、
誰かが転んで怪我をしたことにより、その空気がガラリと変わった。
怪我をした子もいつもと様子が違う。


「オレ、こんなんいやや!いつも通りにしてーや!いつも通りになろーや!
 早く血止めよーや!痛い顔、やめよーや!」



比べて見て下さい。

行動の大本のもっと奥・・
そこにあるのは、どちらも自分の中にある「いたたまれなく、落ち着かない心理状態」ですよね。
従って、この両者は同じと言えます。



深層心理に、大多数は過去の経験や慣習、そして一般常識等をプラスして具体化します。
これが表層心理となります。

一方彼らは、その過程をすっ飛ばしてアクションを起こします。


それだけの話なのです。



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しかし大多数は、その過程にこそ価値を置きます。
その過程が自分の常識から外れた場合は、認めないのです。


そうです。

残念ながら我々は、
外れたものを理解する能力を持っていないのであります。


情けないですね。


我々はとっても狭い常識しか持ちあわせておらず、
その狭い狭いストライクゾーンのど真ん中に球を投げて貰わなくては
感謝もできないし、喜びも感動も味わえない。

ストライクゾーンからちょっとでも外れると、
あいつはだめな奴だ!空気を読めよ!なんて怒りだす。


暴君さながらです。


あの車椅子のシーンでは、
障害者の行動を擬人化ならぬ擬健常者化しなければ
我々の心に届かないという哀しい現実を、
スクリーンいっぱいに映し出された気がしました。


アタルは周囲の暖かい視線の中、
何事もなかったかのような表情をしています。


周囲が表面しか見ていないことをアタルは薄々分かっているはずなのに、
結果よければすべてよし、なのです。



アタルは・・障害者は心が広いな
我々は情けない生き物だな

我々の器が広がる日は、果たして来るのだろうか
彼らの行動を、翻訳せずに理解し感謝できる日がくるのだろうか



そんな気持ちで、私はあのシーンを見守っていました。



これが映画「ATARU」のおまめ的感想です。
長らくお付き合い下さったみなさま、ありがとうございました。



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さて、前記事にいただいた常連さまのコメントに、
このような言葉がありました。

今現在、辛い日々を送っていらっしゃるお母さん方に
是非ともご覧になって頂きたいと思い、引用させて頂きました。

勝手なことをいたしまして、誠に申し訳ありません。



アスペルガーの方とはどう接したらいいのかと思い、
ネットでチェックしたのです。
そしたら、社会の中での対応を経験者がアドバイスされていたサイトがありました。
こういうアドバイスを受けることができるのはネットの良さですね。





私はこの言葉に、心底救われた気がしました。



彼らへの接し方を知ろうとしてくれている人がいる
多数の方から、少数の彼らに歩み寄ろうとしてくれている

なんて嬉しいことでしょう!


これは私だけでなく、障害者に関わる全ての人の願いとも言えます。
祈りかもしれません。



彼らは、とてもそうは見えないかもしれませんが、
我々を必死になって理解しようとしています。

阻害されないよう、一人ぼっちにならないよう、
必死になって我々の話す言語や振舞いを覚えようとしています。



しかし、我々の方はどうでしょうか。
果たして彼らを理解しようとしているのでしょうか。



私が関わった発達障害の子供の中に、こんな子供がいました。

記憶ができない。字が書けない。(絵は描ける)
家族に対する認識及び関心がない。母親の名前も知らない。
しかし計算だけは計算機並みに速くて正確。

広汎性発達障害、というのが医療機関の診断でした。
当時中学生でした。


しかし、彼には彼の使用言語と思考回路、
しかも高い知能がちゃんと備わっていたのです。

それに沿って指導を始めた途端、彼は覚醒。
高校入試を難なく突破、
今は大学生となり、積極的に友達と交流を持ち、授業を受け、
大学生活を謳歌しています。


今、みなさんのそばにいる発達障害の子供達は、
みんな彼のように覚醒のチャンスを待っているのです。



コメントには、このような言葉もありました。



今の大人は対応を探れるけれど
子供同士はどうなんだろう、って思っていました。
なので今回のおまめさんがUPされた中の『健常者と障害者の共存のあり方を、
若者にわかりやすい形で提示してやってください。』に強く賛同します!
できれば、おばさんにもわかる形で



嬉しいお言葉です。


私は大学時代、フランス語を専攻していましたが、
哀しいがなフランス語のセンスは全くなかったようで、
仏語を一旦英語に翻訳してから和訳していたのです(爆)


聞く時もそうです。

このブジュブジュって聞こえる不気味な単語の後ろにエスを付けると
英語のアレになるはずだ・・だとすると・・

みたいな、
実にまどろっこしいことをしておりました。



しかし、私は大のベルばらファンなので、けっして諦めることはしなかった(笑)


違和感がいっぱいの、ともすればみょ~な宇宙語のようにも聞こえるこの仏語を、
そのまんまの形で受け入れて、マリーアントワネットを理解したい!


そう思い、卒業後も育児の傍らに頑張りました。


例えは突飛かもしれませんが、こんな感じでいいと思うのです。
まずは彼らの言語、表現、思考回路を自分後語に翻訳することが、
彼らを理解する第一歩です。



育児の傍ら、しつこく頑張った仏語の運命ですが、
違和感はなくなったものの、
いまだに英語の影がチラホラと見え隠れする状態です。


しかし、違和感を克服した状態こそが大切だと私は思います。

もう仏語を宇宙語とは思わなくなったから(笑)


したがって、この辺りまで彼らの言語を翻訳できるようになったみなさんは、
もう彼らを「変な人」とは思わないのはず。

この瞬間、みなさんは偏見からみごとに解放されました!



しかしながら、翻訳には辞書が必要です。

大人たちにはネットという手がありますが、
子供たちには学校の先生しかいません。


現場の先生方、私はあなた方に大きな期待を寄せています。
どうかよろしくお願いします。



コメントは、更にこう続けられていました。


素晴らしい能力を持っているようなので、
その能力を発揮できるようにしてあげられたらいいなとも思います。




その通りです!

この地球の文化文明は、
彼らが作ってきたと言っても過言ではありません。

しかしながら、ここ近年における我々の差別意識の拡大は、
みなさんもお気付きのように軽視できないレベルになっています。
これすなわち、文化文明の危機とも言えるのではないでしょうか。



足を引っ張り合う世の中ではなく、
いいところを認め合い、伸ばし合える世の中になってほしい。


これはこちらに来て下さるみなさんの、共通の願いですよね。



みなさんのような大人が、もっともっと増えますように!



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≪後書き≫



劇中のアタルくんは、
本当にピュアで天使のような可愛らしい様子をしていました。

しかし、実際に知的障害者と関わっていらっしゃる方々には、
とてもじゃないけれど、現実離れした白々しい様子に見えたことと思います。
事実、私もそう思いました。

この記事を書きあげるまでは。



書きあげた後、ふと思ったんです。



アタルは、何者だったのだろう・・と。


なんと言えばいいか・・
人の姿を借りた何かの象徴のように、思い始めたのです。



もしかすると私たちが常識の枠から解き放たれた時に
初めて見えてくるもの・・?


国、肌の色、言語、習慣
できる、できない、わかる、わからない


そういったものへの偏見や差別意識を完全に克服した時に、
ようやく見えてくるもの・・?



それは我々が見えていない障害者の真の姿かもしれない。

障害児の母となり、迷いや戸惑いを乗り越えた時に
初めて見えてくるものかもしれない。

争いごとをやめ、理解しあえた時に生まれる
平和と信頼と愛情なのかもしれない

そして、私たちの中にある一番綺麗な部分かもしれない。



そんなふうに思えてきたのです。



中居くんがアタルの心を歌った「ねぇ…」という曲を聞かせてもらいました。



とてもシンプルな歌でした。


この歌を聞いた私は
涙が止まりませんでした。



アタルは私たちみんなの心の中にいるような気がします。
気付かないだけで、きっといると思います。
それは一番綺麗で、ピュアで、裏切らない確かなものです。



早く僕を見付けて!



あの可愛らしい声で、そう語りかけてくれている気がしてなりません。




                                   




「ねぇ…」 / 中居正広


  作詞:N.マッピー / 谷口尚久
  作曲:N.マッピー / 谷口尚久


ねぇ 寂しい時は
名前呼んでね
ぼくがいることを
思い出してほしい

ねぇ みんな昔は
子供だったね
だからきっと同じ
気持ちを持ってるね

ねぇ 一緒にいられたら
他には何も欲しいものは 
もう無いんだからね

ねぇ 君の場所に行くからね

僕はキミのために
キミは僕のために
優しくなれるために

僕はキミのために
キミは僕のために
優しくなれるからね



※2012年 GIFT of SMAP
 「ねぇ…」からの引用



※11月7日(木)追記

記事「ATARU」続 へいただいたコメントです。
私だけが読むにはあまりにももったいないので、
ご本人の承諾を得て、記載させていただきました。




                                   



ピンクのおまめさんへ




ATARU の記事を読ませていただきました。

おまめさんは、
もっともっとたくさんのこと考えて、たくさんの思いがあるのでしょうね。


10歳のころ、クラスメートに発達障害のような女の子がいました。
やはり、友達と交流の少なかった彼女なんです。
同じ班になったことがありました。
活動のとき、一緒に下校したとき、いつも違和感を感じていました。

彼女の返答は、まるで、彼女のお母さんの言葉の真似のようだった。
言葉自身は、返事に相当するものなのに、彼女の感情はどこにも感じなかった。

おまめさんが記事で説明してくれている、発達障害の方の行動の特徴と、とても似ています。
いくら会話をしても、感情の交流というものが、生まれなかったのです。

今、思い返してみると、発達障害の方の特徴の知識がなかったことと、
幼かったこと、
そして、彼女と感情を含めた対話を期待していた、自分の表層心理が、
違和感と虚しさを感じてしまったのです。

記事を読みながら、甦ってきた記憶です。
あの頃を思い出して、涙がでてきました。 そうだったんだ。ごめんね。



あの頃、10歳。
今は数十年経っています。
親になりました。子育てしています。


おまめさんは、直接的に、そういった状況の子供たちと関わり指導し、
その子供たちのお母さんたちの、心のケアをする というお仕事なのですね。



自分には 何ができるのだろうか?
そんなことを考えながら、記事を読み返していました。

差別や偏見を克服する。
常識の枠を取り外す。

今、大人である私たちの身体には、差別や偏見、常識が、染み付いて
がんじがらめになっている。
自分さえ良ければ、
自分の手の届く範囲の家族が良ければ、いいんだって気持ちに
がんじがらめになっている。


耳を傾けて、疑問を感じる。
立ち止まって、思考する。
振り返って
手を差し伸べて
共に歩く


どの段階までいけるかわかりませんが、疑問を感じ、考えることができる段階になったのなら、
自分の子供に、大切なことを伝えたいと思います。
次に、孫が誕生したら、孫にも伝えたいと思います。

そうやって、未来へ少しづつ、伝えていきたいと思います。

自分たちの子孫が、発達障害を持って生まれる可能性、ありますよね。
その子孫たちが、安心して暮らせるように。

安心して暮らせる世界に…
100年後、200年後、もっと先かもしれないけれど、
ほんの少しの意識改革が、未来を変えていくのだろうと信じて。

今、私にできること、
大切なことを、子供達に伝えること。
少しづつ、ずっと続ける。ずっと…


アタルは、なんだったのでしょうか?人間の原点?
みんな、生まれる前は、アタル。
生まれ落ちたときに、いろんなもの背負うのです。生きていくために。

アタルみたいな子が、いるから、自分の愚かさや汚さが、よくわかる。
そういうをもを見せてくれる、鏡みたいなものかな…

はじめは、みんなアタルだったんだよ。



                                   



私たちが背負っているもの
闘うために装着した鎧
知恵 ずるさ 醜さ

そういったものを全て取り去った姿がアタルなのですね。

素敵なコメント、本当にありがとうございます!



記事中にて引用させていただいたコメント、
そしてこちらでご紹介したコメント、

こんなふうに理解しようとして下さる大人がいらっしゃるということは、
本当に嬉しく、そして有り難いことです。


優しさの輪は、きっと、もっと広がります!





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Author:ピンクのおまめ
ファッションって、けっして洋服という狭い意味の言葉ではなく、考えやこだわりによって生まれる「生き方」までを広く表す、とっても素敵な言葉だと思うの。せっかく女に生まれたんだもの。できるだけファッショナブルに生きたいよね。

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